仕事も人生も楽しむ、イタリア的生活

2013/6/18 Tuesday

非日常を生きる

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月並みは退屈。だからといって、過激な生活は疲れる。淡々と毎日を送るように見えて、その中に非日常が隠されているというのがいい。

不特定多数の人から、好かれようとは思わず、自分の人生を過ごそう。緊張が続いたら、音楽会でも芝居でもいいから、突然出かける。美味しいものをいただく。好きな友だちと会う。

義理を欠かない程度のご挨拶はしても、気の進まないイベントは避けて暮らすのがよい。平凡な毎日、判で押したような暮しでは、自己解放は望めないから、非日常を作って、心を慰める。

非日常の第一は、旅。海外なら、なおよし。そこには、何も日常性がないから、驚きや、発見や、ドラマがあってわくわくする。お芝居や、コンサートは、他人の力を借りて、そこに非日常を創り出す。歌舞伎の中の登場人物になりきって、芝居がはねた後も過ごすと楽しい。

退屈は人を殺す。何か役立つことをしていたいのが、人間の本能なのだ。美味しいごはんを作って、家族や友人をもてなすのもよい。感謝されることは、心のいちばんの栄養だ。

デジタルカメラを持っているひとは、空の写真を撮ることをお薦めする。こちらからセッティングしなくても、天気は毎日違うから、毎日、違った表情が見られる。それを楽しめれば、どこに出かけるのも苦痛じゃない。

sora

空の写真が撮りたいから、遠回りして、出かける。車でなくて、歩いてみる。それも立派な非日常。

2013/6/11 Tuesday

六月は能月間

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佐渡では、六月に実に多くの能楽がある。薪能で火を焚くので、梅雨時の湿った六月が選ばれたという。数年前までは、能楽を2番見るために、佐渡に渡っていた。舞台はよく知っているが、そこで演じる能楽をみたかったのだ。

もちろん、八月にも行なわれる。佐渡は能楽の宝庫ともいえる。

そんな佐渡に、たびたびいっていたのが、いまでは、九月の草刈神社の奉納能だけになってしまった。気持ちの上では、六月は能月間。

そこで、今月は能楽をできるかぎり見ようと思っている。なにが楽しいといって、室町時代から連綿と続いた芸能を、リアルタイムで鑑賞できること。時折、演ずるものと、その人物が神懸かりになって、現世からあちらの世界を垣間見るようなことがある。そういう幸せな体験を重ねると、また、見たくなるのだ。

6/5に、松濤の観世能楽堂で、「杜の会」が開かれた。こちらは、芸大出身者の観世流能楽師の発表会。一年に一度開かれる。

6/11は、千駄ヶ谷の国立能楽堂で、若手研鑽会を見た。各流派から若手が多く参加し、狂言、舞囃子と、能楽一番がある。

6/24は、同じく国立能楽堂で、初心者のための能楽講座。こういうのをみると、目から鱗のことが多い。

わたしの能楽鑑賞は、時間のあるときは、しっかりと予習をするが、解説だけを読んでおしまいのこともある。鑑賞批評を書く訳でなく、自分が純粋に楽しめればいいから、眠る間も許している。

あの能管と、鼓などの絶妙なタイミングで、眠れるという芸術もすばらしい。心が解放されていなければ、つまり、緊張を強いられていたら、眠ることもできないはず。

備忘のため、詳細を載せておく (more…)

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