仕事も人生も楽しむ、イタリア的生活

2012/6/26 Tuesday

ジョルジョ・アガンベンの言葉

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昨日は、久々にイタリア研究会に出た。講師は元毎日新聞ローマ支局長の藤原章生さん。
演題は、「ギリシャ,イタリア,フクシマ」

まず、ギリシャの映画監督である、テオドロス・アンゲロプロスとの対談から始まり、扉が開くのを待っているが、そのときはまだ来ないという、象徴的な言葉に驚かされた。ある国の出来事が、他の国に影響する時代なのだ。福島の原発事故は、世界の知識人たちをも揺さぶった。

イタリアの哲学者、ジョルジョ・アガンベンと藤原さんのインタビューの中で、「広島、長崎を経験した日本人がなぜ、原発54基も作ることを許したのか」という言葉に、頭を鈍器でなぐられたような気がした。戦後、民主主義、自由経済などということばに浮かれていて、原子爆弾に傷みつけられた国民が、原発設置を許したのである。正確にいえば、気づかないようにして、建てられたのだった。

昭和一桁の母に尋ねても、そんなにたくさんの原発ができていたなんて、知らなかったという。家には、ずっと東電グラフという小冊子が届いていたが、そんな記事は、当然ながら読んだことはない。

イタリアでは、国民投票で、原発建設が中止になった。あの、大震災の後、パリに住むミラネーゼの親友が、日本を脱出して、こちらに来なさいと、何度もメイルをくれた。あちらでは、そういうフクシマの報道がされていたのだろう。日本はもうだめ、東京もあぶないと、欧米諸国の駐在員は、家族を連れて本国に避難した。

先日、首相官邸前に4万人も超える人びとが集ったが、普通の人が、原発再稼働を反対する時代である。

2012/6/23 Saturday

今が幸せなら、ずっと幸せは続く

Filed under: - site admin @ 11:38

昨日の夜、FBに載せたら、ほめられたので、こちらのブログにも残しておく。

雨が上がって、涼しくて気持ちのよい夜です。不満も不足もなく、未来はにっこり笑って待っているみたい。
今が幸せな人は,永遠に幸せが続く。ずっと今だから。

昔できなかったこと、そして、未来に過度の期待を抱き、今を犠牲にして頑張ろうとする人がいる。そんな必要はないのだ。今が幸せなら、ずっと幸せになれる。だって、今を生き続けるのだから。

去年は、あの大震災の後、人はいかに生きるべきかと、考えながら暮らしていた。自分の仕事や日々の暮し、気晴らしや、アートについても、いつも心の中で何かがひっかかっていた。

昨年から今年にかけて、さまざまな出会いがあり、発見があり、それは、子どものときだったら、たぶん見逃していたような微かな兆しから始まっている。

いきなり、出会った人と恋をするような激しさではなく、心に留めた何かから、別の何かを呼び寄せ、始まる。小さな水の流れが、川になり、海に降り注ぐように、気がつくと、広い場所に出ている。すべては、予め決められたことなのかもしれない。その出会いの不思議さ、そして、次の出会いの連続性に驚かされる。

そんな中で、不平や不満や、今、自分が幸せでないことをいうのは、よそう。今が幸せと考えれば、未来は微笑んでいる。いまから150年くらい前は、日本人はもっと貧しかったし,三度三度の食事も満足に食べられない人もいた。それでも、祭りや結婚や、旅があって、その中で最善を見つけて暮らしていたのだ。村の暮しは、辛いことだけではなく、楽しみも同じようにあったはず。

千葉市の市史協力員として、古文書整理を手伝っているが、残された村の古文書を読むと、その村々の暮しが見えてくる。贅沢ではないが、自然の豊かさを享受している。

2012/6/18 Monday

終わりは、始まりの予告編

Filed under: - site admin @ 9:25

5年あまり続いたあすなろブログが、終了し、新しいブログサイトを立ち上げた。
タイトルはあすなろブログのを引き継ぎ、中身のお引越も6月中に完了させる。

始まりと、終わりは、恋に似ていて、終わったときに、新しい出会いが待っているものだ。2012年6月は、身近なところで、新しい企画や新しい出会いや、新しい仲間などが、連鎖的にスタートしている。そういう巡り合わせなのかもしれない。

新しいことを始めるのに、怖れや,迷いや、遠慮はいらない。自分を信じて、進むだけ。だれかと比較したり、昔のことに縛られたりすると、余計な時間がかかって、本業ができない。

気持ちのよい一日を過ごしたいなら、人の悪口をいったり、不足を文句いうのはやめよう。否定的な言動は、それなりの結果を導く。わくわくする人には、わくわくする人生が待っている。そういうものらしい。

2012/6/3 Sunday

ソーシャルメディアを旅にたとえれば

Filed under: - site admin @ 23:12

あの大震災の前に、ソーシャルメディアのセミナを企画していた。ブログ、mixi、twitter、Facebook、この4つを中心に話を進めようと思っていた。

そして,今,mixiはほとんどアクセスしなくなり、twitterもつぶやかなくなり、Facebookで交流を深めている。ブログもたまにしか書かない。これが現状。なぜそうなったのかを、考えてみる。

10年くらい前はwebページを作成していて、そこには掲示板があった。毎日巡回するサイトがあり、相互リンクもしていた。その仲間がmixiに移り、今度はFacebookに集結している。ひとつにはスマーンフォンからのアクセスのしやすさがあるだろう。個人の話題を書き込むには、会社のPCは避けたい。

これを旅に例えるなら、twitterは、通り過ぎる駅名、あるいは駅構内の宣伝看板。そこに止まったときは見ることができるが、つかの間である。mixiは観光案内所でもらうパンフレット。いったん下車して、そこに行かないとみることができない。情報はインターネットで十分と、パスすることもできる。

Facebookは、宿に置かれた覚え書き。何ページも書くことができるが、そこを訪れた人しか見ることができない。しかし、深く交流できる。ブログは、旅行記。いつ、どこで何をしたか。人により書かなかったり、長く書いたりまちまちだ。 (more…)

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