仕事も人生も楽しむ、イタリア的生活

2007/7/31 Tuesday

難解なるもの、野田村文書

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今通っている古文書中級講座、全員が順番に解読文を読み上げることになっている。農村文書特有の言い回しもあって、わずか150年くらい前の文書なのに、格闘している。

『乍恐以書付奉願上候 おそれながら かきつけをもって ねがいあげたてまつりそうろう』とあるからには訴えた文章で、相手方がいるはず。

夏の日にこの難解なるものを解読するのも、また一興か。とはいえ、仕事の合間に頭を休めるはずが、休息になっていません。引き続き、解読中。

2007/7/29 Sunday

オペラ研修所、7月リサイタル

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舞台が暗くなって、まず最初に現れたのが海老澤敏さん。この新国立劇場オペラ研修所の所長である。今年は10年目ということで、50名くらいの研修生が、勉強中だったり、巣立ったりしている。

今では、毎回、楽しみに聞かせてもらっているが、きっかけは2005年3月のドンジョバンニだった。何も情報がないまま出かけて、そのすばらしさに大変驚かされた。毎年5名の研修生が選ばれるが、それは司法試験の選抜より厳しいのではないか。笑。

今回もさらにバージョンアップして、観客席を歩き回ったり、指揮者とのやりとりがあったりと、ちょっと猿之助歌舞伎に似てきた。若い方たちの熱演を見ながら、世の中の役に立つことをしたいと強く思う。

2007/7/28 Saturday

人脈を使った、ネット時代のビジネス

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最近、趣味と仕事の境界が危うくなってきた。収益というより、自分が楽しめそうなことを全面的に支援したくなる。これもいままでの人的ネットワークがあるからだろう。

さて、その人脈はどうやって作るのかと、セミナでもよく聞かれる。要するに、尊敬できる相手とお付き合いしていれば、自然と人脈につながる。最初は誰も、初対面だが、その前にブログや記事を読んで、事前予習ができるのではないか。

その一例をあげてみよう。人脈の作り方、その1。

ネット時代に当てはめてみると、
1. ブログを毎日読んでいる
2. コメントやトラックバックを付ける
3. オフ会に参加して、挨拶し、お話しする
4. 目指している方向が一致していることを確認する、尊敬できる人かの確認
5. おたがいが持っている人的資産を活用して、新しいビジネス、または、プロジェクトを発進する
6. 収益をどうやってあげるか、また、スタッフはどうするかについて、メイルを頻繁に交わす
7. 必要に応じて定期的な会合をもつ
8. 意見の擦り合わせ、説得、承諾など微妙な話はリアルが間違いない
9. ブロジェクト完成、終了時には打ち上げをする
10. 次回はこんなことをやりたいと、おおよその線を決めて別れる

まあ、こんな感じ。あくまでも一例なので、バリエーションはあると思う。大切なのは、おたがいが尊敬できる関係であること。収益だけを考えていると、良い人とは巡り合えない。採算抜きの方が、すてきに愉しい。そして、親友になったりする。

あすなろブログにも、書いています。

2007/7/27 Friday

奥の細道、象潟(きさかた)

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いま、市民大学講座で日本文学を習っているが、今回は奥の細道だった。

象潟は、松島に対比されるような景勝の地といわれている。芭蕉が訪れたときは、湾内に浮かぶ島々の趣ある景色に魅了されたが、その後、文化元年1804の大地震で湖底が隆起し,陸地になってしまった。現在は小高い、岡という印象である。

芭蕉はここで四泊し、たくさんの句を残しているが、奥の細道全体を通しても有名な句、

象潟や雨に西施がねぶの花

は、蘇東坡(そとうば)の西湖の詩を踏まえている。

芭蕉は、この旅日記をひとつの文学として、推敲し、情景を対比させ、新しい美の世界を作り出している。

2007/7/26 Thursday

神楽坂ほおずき市

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葛飾の仲間たちと、浴衣で神楽坂ほおずき市にでかける。7/25、26開催。残念ながらわたしは途中参加で、洋服だった。

毘沙門天善國寺を中心に、ほおずき市が開催され、参道には出店もある。今回は浴衣でコンシェルジェといって、まち歩きの案内人も付くという贅沢さ。約40分間、名所、謂れなどを教わりながら、近くを歩く。

実は、この直前まで、九段下で、イタリアソムリエ協会主催のエクストラバージンオリーブオイルのティスティングの会に出ていた。トスカーナ地方で取れるフレッシュなオリーブオイルを楽しみながら、いきなり、神楽坂というのはトリップしているみたい。

ここの縁日は近くの名店が出店している。日頃、馴染んだ味わいが楽しめて、二倍お得だ。団扇も道行く人に配っているし、ほおずきも一鉢1500円という格安。まちの人が総出で盛り上げている感じがいい。東京のまつりの原点のような気がする。

まちを歩き回った後は、食事会。地元の方推薦の店、もんに出かけた。本当に、美味しくて、手頃な値段で大満足。中身の濃い一日だった。

2007/7/24 Tuesday

NINAGAWA 十二夜

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歌舞伎座で絶賛公演中の『十二夜』夜の部を鑑賞する。発売日にすぐに完売になり、諦めていたのがなぜか、この日だけチケットが取れたのだ。

歌舞伎座公演は二年ぶり。多くの観客たちが証言していたように、今回はシェイクスピアの台詞回しがきちんと活きていた。文句なく、愉しい。これを歌舞伎といえるのかは、多少疑問もあるが、拡大解釈して、歌舞伎役者の演ずる狂言ということにしよう。

役者では、主役の菊之助はもちろん、亀治郎がすばらしい。おきゃんでお茶目な、お女中になりきっている。今回の演出は鏡を至る所で使用して、さらに、回り舞台を効果的に使っている。コメディなのだが、ほろりとさせられるところがあって、シェイクスピア特有のとりかえばや物語になっている。

2007/7/23 Monday

音楽で癒される

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難解なクライアントと、夜まで電話のやりとりがあって、さらに疲れた。そんなときは、好きな音楽を聴こう。DVDに収録してあるNew Year オペラコンサートなるものをかけてみる。

明けましておめでとうございます、というフレーズにまず笑ってしまった。今回は、50周年記念番組ということで、これまでいちばん多く登場したオペラの名場面が次々と歌われていく。特別ゲストは、デビュー50周年のフィオレンツァ・コッソットの「トロヴァトーレ」。70歳を超えた歌姫は、人生の重さを歌で表現できる人だ。歌も立派だが、その存在感に圧倒される。さすがイタリア人。

この人の歌声を聞いていると、自分の悩みなど仔細なことに思えてくる。いくつになっても挑戦する人を忘れず、精進していれば、きっと成果が付いてくる。

思いがけないお年玉DVDだった。

2007/7/22 Sunday

宝生能楽堂で、知り合いの仕舞を見る

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佐渡で知り合った方から、招待券をいただき、水道橋の宝生能楽堂に出向いた。この辺りはよく出かけているのに、こんな場所に能楽堂があったのには気づかなかった。

今月は文月能という女性能楽師のための演目だ。今回、初シテを演じる土屋周子さんは、佐渡でいつもお世話になる笛の大史さんの妹さんになる。

内田芳子さんが演じた忠度は、優美の中に力強さがあった。周子さんの胡蝶も可憐で若々しくすばらしかった。能楽というのは、派手な宣伝もなくひっそりとやるので、関係者以外は味わうことのできない、至福の時を過ごす。

そしていつも、能をみながら、人生について考える。よく能は難しくてという方がいるが、それは予習が足りないからだ。物語の筋や約束事を理解していれば、十分に楽しむことができる。いまは、謡曲集を買わなくても、インターネットで検索するだけで、中身がわかるのだ。そして、次は衣装と、足さばきに注目しよう。

世阿弥が完成させたという幽玄の世界、まだまだ見たことはなく、名前だけの曲目がたくさんある。それはちょうどオペラのタイトルのように、見おわると、また、次が待っている。

2007/7/21 Saturday

安藤忠雄とル・コルビュジェは繋がっていた

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森美術館で開催されているル・コルビュジェ展に合わせて、建築家による連続レクチャーが始まっているが、昨日は、安藤忠雄さんだった。130名定員の会場は、会場十分くらいでもう、前十列が埋まっている。安藤さんの人気が高い証拠だろう。

安藤さんのレクチャーにでるのは、これが三回目。今回の企画は、ル・コルビュジェの作品と、それに影響された自身の作品を対比させて解説している。安藤さん自身、10代にル・コルビュジェの作品集を手に入れ、フランス語で書かれた内容をよくわからないまま、感動し、本物の建築物を見たいと思ったのだそうだ。ヨーロッパに渡った目的もそれがあったらしい。

会場には若い方が多かったせいか、安藤さんの発言は始終、若者に向けたものになっていた。諦めず、ひとつの思いを持って、エネルギーを蓄えていること。チャンスはいつ来るかわからないから、そのとき、使えるような図面も書いておく。

思いを持ち続けたものは、必ず実現する。いつか光があたるのだ。と優しい応援である。失敗しても、未来は開けているという若さが少し羨ましい。

建築だけでなく、すべての仕事に関していえることだと思う。

そういわれてみると、安藤さんの作品の一つ一つに、ル・コルビュジェの影響が感じられる。彼の時代の建築は今のようにコンピュータを使うことなく、自分で一本、一本書き込みして、図面を引いたから、だんだんイメージを膨らませていくことができた。それは幸福な時代だったといえるだろう。

2007/7/19 Thursday

7/27のRTC勉強会に行きます

Filed under: - site admin @ 23:35

毎日、忙しいというわけではないが、不思議と同じ日に行きたいイベントが二つ、三つと重なっているのはなぜか。例えば7/24、7/25、7/29。イベントの特異日というのがあるのだろうか。

毎回、参加されている方は少ないというRCT勉強会。今回は、幸い参加できることがわかって、申込した。だんだんと知り合いもできて、挨拶くらいは交わす。勉強会の後の懇親会に行くと、さらにネットワークが広がるだろう。こういう目的を同じくして集まってきた方とは、初対面でもうまく話ができるものだ。

いろんな意味で発見があって、励まされる。上原さん、保田さんの人柄だろう。関心のある方、いそぎお申し込みください。

2007/7/18 Wednesday

googleのサイト自動翻訳

Filed under: - site admin @ 22:52

先日、ヴェルディの生涯という11時間ドラマを鑑賞したが、家には【オテロ】のDVDが積んである。1976年作、字幕なし、イタリア語という代物。

あらすじは知っているが、歌詞がないのはさみしい。肝心な部分の歌詞だけでも、とネットで探したが見つからない。

ふと思い直して、【オペラ 歌詞】で探してみると、音楽サイトを発見。ヴェルディの主だったオペラの歌詞が載っている。

イタリア語、スペイン語表記なので、なんとなく意味はわかるが、もっと詳細に知りたいと、翻訳機能付のサイトを探したみた。googleの言語ツールなら、イタリア語から英語に瞬時に翻訳してくれる。まあ、完全ではないが、意味は伝わる。海外に居ても、使えるから便利な機能だと思う。ここに知りたいサイトのURLを入れて、翻訳させたい言語を選ぶとすぐに変換される。

オペラだとドイツ語、フランス語など、多言語が多いので、こういうツールを使えると愉しい。

2007/7/17 Tuesday

祇園祭を堪能する

Filed under: - site admin @ 22:40

宵宵宵々山の7/13から、山鉾巡行の7/17まで、京都に滞在し、毎日のように山鉾を眺めに行っていた。この時期の京都市内は、町衆の素顔に接することができる。こんなに優しい京の人々をみたことがないような気がする。

山鉾が一斉に四条通りに並んだ姿は、ミニチュアの置物みたいな可愛らしさに溢れている。動く美術館といわれる所以だ。その姿を見たら、毎年、見続けたいと思うだろう。

交通も一時遮断して、町をあげての協力ぶり。町内会長や世話役の方々がぴしっと各鉾をまとめていて、失われてしまった人々の自治が残っている。これをずっと続けてきた京都は、伝統というにはあまりに重い人々の暮らしの歴史の堆積がある。

山鉾も有名どころは一通規制があったりするが、四条の南はもっとのどかだ。宵山の八時すぎに歩いていたら、ちょうど、樽酒の鏡開きにぶつかって、写真を撮っていたら、居合わせた人々に升酒がふるまわれた。升はお持ち帰りくださいという。

祇園祭のために屏風を飾るご主人が、語るそれぞれの屏風の由縁も興味深い。この期間限定というおもてなし、趣向がぐっと来るのだ。

2007/7/15 Sunday

宇治の源氏物語ミュージアム

Filed under: - site admin @ 23:02

源氏物語には宇治が登場する。源氏が亡くなった後の、源氏の血を引く貴公子たちの物語、宇治十条である。

京の都から宇治までは二里半。木幡の峠を越えての行き来となる。JR奈良線に乗って二十五分、それは遠い道のりである。八の宮の娘の中の君と結ばれた匂宮が、なかなか都を抜け出すことができずに、訪れが途絶え、それを気にして大君は病の床にふせる。

実際に歩いてみると、わかる距離だ。京都滞在が二日間だとしたら、たぶんネグってしまうだろう。台風の後で、宇治川の水量は増してすごさを感じる。ここに飛び込んだ浮舟は、当然のことながら死を覚悟したはずだ。

そんな物語の夢のようなミュージアムが源氏物語ミュージアムである。宇治上神社のすぐ近くにあって、奥床しく、懐かしい場所だ。入り口から源氏物語に登場する植物が植わっている。観光客で賑わう京都から、静かな、緑に覆われた宇治に来ると、それだけで旅をしている気分になれる。

宇治を訪れた人が再訪したくなるような、何かを見つけてほしいと思った。

2007/7/14 Saturday

京都祇園祭

Filed under: - site admin @ 9:13

仕事の調べものがいくつかあるので、祇園祭にかけて、京都に来ている。台風接近中だということで、行動範囲がいくぶん狭くなったが、でも楽しい。宵々山の前のまだ静かなうちに四条から三条にかけて歩いた。

山鉾を組み立てているのを見る。提灯はまだ吊るしていなかったり、町衆が威勢よく縄を引いていて、活気がある。ふだんは観光客に紛れて見えない人々の暮らしがある。

行き交う人々もみな知り合いらしく、声をかけ挨拶している。匂やかな京の言葉である。きどらず、飾らず、生活しているそういう京都が好きだ。ここで暮らしたいと思った時期もあって、美味しいレストランに行くより、食材を売っている店が気になる。

今日は大原に行く予定、天気予報をにらみながらの旅である。

2007/7/12 Thursday

鷹二居

Filed under: - site admin @ 8:56

野田村(現千葉市誉田)の古文書を習っているが、その中に鷹狩の話が出てくる。鷹二居、たかふたもと と読んで、鷹を数える単位なのだ。

当時の鷹狩では、新宿町、八幡町、船橋宿、馬加村、検見川村、寒川村、曽我野村、浜野村、野田村、土気村、大網村の村々名主と問屋たちが中心になって、この鷹狩のご一行をそれぞれの家に泊めるのである。

当時の江戸幕府には鷹匠同心とか、鷹匠組頭がいて、この文書に出てくる戸田久助、戸田五助も徳川実記に載っている。この人たちの身分は旗本で、それを泊めることになる各村々の名主たちはかなり気を使ったのではないか。こんなところに武家と農民の交流があるのを知って、嬉しくなる。学校では教えてくれない歴史だ。

2007/7/10 Tuesday

ノリタケのデザイン画帖は、宝石箱のようにすばらしい

Filed under: - site admin @ 23:05

横浜そごうで開催している【ノリタケデザイン100年の歴史】展にでかけた。

1904(明治37)年、名古屋則武に創業された日本陶器合名会社(現・ノリタケカンパニーリミテド)は、日本初のディナー皿を開発し、数多くのディナーウェアを創作して、わが国の洋食器産業の礎を築いてきました。なかでも明治末から昭和初期にかけて製作された「オールドノリタケ」と呼ばれる輸出用陶磁器類は、アールヌーヴォー、アールデコといった美術様式を取り入れた、華やかで美術的価値の高い作品として近年注目を集めています。本展では、花瓶、鉢、食器類などの「オールドノリタケ」をはじめ、大正期から昭和期に製作されたディナーウェアなど約200件とともに、それらのもととなったデザイン画帖約40 冊を展覧して、ノリタケチャイナの全貌をご紹介いたします。

明治に作られた陶器はどれもすばらしく、そのままベルサイユやピッティ宮殿に置いても遜色ないほどの出来映えだ。昔の職人というか、芸術家の息を呑むような精巧な技術に驚かされる。

そして、今回の目玉はやはり、デザイン画帖約40冊。デザイン画と本物の陶器が並べられていて、それを見ると、芸術作品はかくありと思ってしまう。明治の人々は偉かったなあと感心させられた。

2007/7/9 Monday

京橋界隈アートフェスタ 2007

Filed under: - site admin @ 10:31

【毎年7月に開催されてきた「京橋界隈展」が「京橋界隈アートフェスタ」として再スタート!
参加ギャラリーも33件となり、様々な展覧会が一斉に開催されます。すべて廻って達成感に浸るのもよし、目星を付けて廻るのもよし。ぜひ皆様のお越しをお待ちしております】

上記のわくわくする催しが、銀座京橋で開催されている。ふだん敷居の高い画廊にも、ふらりと立ち寄ろう。画廊には名物主人がおり、わからないことがあれば親切に答えてくれる。初めてなら、率直に聞いてしまうのがよい。アートを愛する人にはみなさま、優しい。美術館とはまた違った楽しみ方がある。

マップはこちら

今日は、あらかわ画廊をのぞいてこよう。アートな時間を過ごすことも、大切である。

2007/7/8 Sunday

初心を忘れない、ということ

Filed under: - site admin @ 23:32

忙しいうちは気が紛れているが、仕事が一段落すると、どうしても現実を見つめなければならなくなる。

幸せかと、尋ねられれば、即座にそうです、と答えられるのに、人のためになっているか、と聞かれると、半分くらいと答えるしかない。笑。世の中は団塊の世代の退職についてばかり、論じているが、その前の50歳前後から準備が必要なことは、あまりいわない。

退職してから習い事をすればいいというのは、大きな間違いで、知識というのはそんなに簡単に手に入るものではないのだ。学問というと大げさだが、知識の獲得には、事前の予習も必要だ。広く浅くでもいいから全般的な教養があれば、それを土台に何かを積み上げることはできる。

そして、50代を対象にした江戸の文学に関するセミナを考えているのだが、平日の夜、真面目に参加したいという方はどれくらいいるのだろうか。こういうマーケティングは、とても難しい。自分だったらと、まず考えてしまうので、仮説にバイアスがかかってしまう。

学ぶことは楽しい。いくつになっても知的興奮は、人々を幸せにして、若返らせる。恋愛の始まりみたいなものだ。知ろうと近づき、獲得しようと戦略を立てる。そういう楽しさをもっと多くの方に知ってもらいたい。

独立したとき、考えたのは人々に感謝されて、利益が出る仕事をしようということ。企業だから、利潤の追求も大切だが、その前に、参加された方に喜んでもらいたい。そういう初心の取り組みをときどき忘れている。

2007/7/6 Friday

源氏物語の講座で言われたこと

Filed under: - site admin @ 23:31

昨年から市民大学講座で源氏物語を習っているが、講師の神作先生はすばらしい。歌の解釈もさることながら、言葉のひとつひとつの重みを教えてくださる。

平安時代は言葉にもっと厳密な使い分けがあった。歌の中に使われる歌語に対して、本文は散文語、たとえば駒と馬。明け方を表す言葉は全部で六種類あって、微妙な時間の違いを示していた。あかつき、あさぼらけ、あけぐれ、あけぼの、あかつきかた、しののめ。このうち、源氏物語ではいちばん多く使われているあかつき、これは男が女の元を宵に訪れて、帰る時間をいうという。

大学でもないのに、ここまで丁寧に持てる知識を披露して、わたしたちを導いてくれる師もないだろう。その先生が、本日、学問について語られた。

源氏物語が好きだからといって、片手間に習っていてはいつまでたったも上達しない。物事は集中して、力を注ぐことで初めて実力がつくのだ。

わたしのように仕事の合間に講座に参加している人間には片腹いたいお言葉だ。これは仕事にもいえると思う。あちこち手を出すより、なにか一つのことに集中して完成させればいいのだ。

2007/7/5 Thursday

何かを始めようとするとき、必ず陥る罠

Filed under: - site admin @ 23:06

新しいことを始めるとき、あるいは何かに挑戦しようとするとき、一日の過ぎるのはもどかしく、何も進んでいないようなきになるものだ。

だが、それは、すなわち変化が始まっている前兆のようなものなのだ。
その始まりは以下のようだ。

1. 午前中になすべきことが午後になっても終らない
2. 来客や急ぎの仕事で、本来やるべきことが中断されて、その再開がうまくいかない
3. 興奮しているから夜更かしをしたり、極端に早起きをする
4. 突然、勉強したくなる。語学学校の願書を取り寄せたり、あるいは、宅地取引主任の試験をうけようとしたりする
5. きちんと食事しているにもかかわらず、お腹が空いて仕方がない
6. 離れている友だち、いつもは疎遠な人とたまらなく会いたくなる
7. 昨日考えていたことを今日実施しようとすると、まだその時期ではないから、と止めてしまう
8. 旅に出ることを夢見る、あるいは旅行の予約をしてしまう
9. タクシーに乗るよりも、歩くことを優先する。これまでにない習慣だ
10. 価値ある勉強会をキャンセルして、いまやっている仕事を完成させる
11. 気がついたら、SNSを一度も見ていなかった日がある

本当は、変化したり、なにかをリセットしたりするのはよいことなのに、自分自身で勝手に判断して苦しむ人がいる。これは、変わるために、あるいは始めるために必要な儀式なのに、それを知らないと自分を責めてしまう。

物事はなんの苦労も、努力もなく好転したりはしない。それぞれのレベルでの精進の結果がでるのだ。うまくいかないと嘆く人もいるかもしれない。

そんなときのキーワードは、

【人事を尽くして天命を待つ】やることをやったら、じたばたしないで、時が来るのを待とう。すべての物事には時がある。

そんな悠長なことはできない、という方。もう一つ、新しい仕事をスタートさせれはいい。1つの仕事の待ち時間を他の仕事の仕込みに充てる。

そんなわけで、いま私もまさに進化中である。笑。

2007/7/2 Monday

季節感を取り戻せ

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季節を先取りして、高価な果物が並んでいるが、その一方で季節感を取り戻す努力も必要だと思う。
旬な野菜や果物、魚などをとり、毎月一日と十五日はお赤飯を炊く。下町の商家では、ごく当たり前にこんな習慣が続いていた。

天候不順な今だから、季節感を取り戻すため、一日の日には、寿司ご飯を炊く。寿司ご飯は簡単にできるので、飯台の箍がはずれないように、習慣にしよう。

ご飯 4カップに、昆布を載せて炊く。炊きあがったら、米酢: 大さじ8杯、三温糖: 大さじ4杯、塩: 小さじ1杯をよく混ぜ合わせ寿司酢を作る。

ご飯を飯台の上に広げ、合せ酢をよくかき混ぜながら加える。このとき、団扇で扇ぐとよい。これをベースに手巻き寿司でも、いなり寿司でも、まぐろを載せてもよい。

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