
【ウェブ進化論】この本の著者、梅田望夫さんは、現在、44歳。シリコンバレーで働き始めて十年になるという。つまり、1996年からアメリカにいて大きな変化を肌で感じとっていたわけだ。
米国系半導体メーカーにいたわたしにも、共通するさまざまな思い出がある。1995年、Apple, IBM, Motorola の三社が初めてのWorld PC EXPO(日経BP主催)に共同ブースを出したとき、まだ日本語メイルは文字化けなどの問題が解消されていなくて、使えなかった。IBM パーソナルコンピュータ事業部の担当者も社内で慌てて個人メイルを取得したくらいで、名刺の下に載っている @ の付いた文字列はなにか、よくきかれたものだ。
インターネットという概念がよくかわらないまま、モザイクで初めてみたNASAのサイト、スミソニアン美術館、そしてホワイトハウスと、次々と出てくる画像に驚き、こんな玉手箱のようなおもちゃがあったら、仕事ができないと、思った。その後、webマスターになることなど、そのときは予想もしていなかった。シスコのセミナでは、インターネットについての解説をしてくださったドロシーからそのフォイルをもらい、それを使って社内の管理職や、代理店担当にプレゼンをした。
この時期、企業webの管理、運営をしていると、それはIT担当ではなく、MKTGとしての話だが、情報がいちばん集まって来る。海外からのニュースもほぼリアルタイムにわかる。それは企業内のイントラネットに無造作に置かれたファイルを探すことだった。グーグルがなかったとき、わたしたちはどうやって探し物をしていたのだろうか。
組織の中では、グループ、内容、更新日とフォルダーが分かれていたから、それを頼りに必要な資料を探し出す。あとはその担当者のメイルアドレスを探して、メイルを打った。自分の所属、仕事の内容、そして、最新テクノロジーの評価など。webの世界で働いているひとたちは、深夜まで仕事をしていたから、東京との時差16時間は、ほとんどリアルタイムのやりとりになる。質問が現地の深夜2時頃届き、その回答を送ると10分後にお礼のメイルが届く。こんなやりとりを楽しんでいるうちに連帯が生まれる。
シスコやサンやアップルはガレージがあったから誕生したのだと、笑い話があったが、いつしか、その売上げが本社半導体部門を追い越すようになり、それでも伝統ある米国系企業は鷹揚に構えていた。世の中がすごい早さで廻ってきて、買収の話は日常茶飯事だった。アメリカは巨大な実験室だと思ったことがある。そこでは何でもできる、敗者復活戦もある。そして、能力ないものは立ち去るしかない。
ロングテール現象についてはずいぶん前から気づいていた。それは1999年頃の話だ。半導体の総合カタログをweb上で展開し、すべてのカタログ,データシート、マニュアルをwebからダウンロードすることができるようにした。そして、毎月のダウンロードした資料の報告書を作っているとき、気づいたのだ。ある資料だけが特出している、それは広告とタイアップした製品、そして、残りの製品は恐竜のシッポのように長く長く広がっていた。これは全製品をカバーしているからお客さまがそれぞれの関心のある資料をダウンロードしたのだろうと考えたが、それがロングテールだと最近になって気づいた。
グーグルの人気は、すざましいものがあった。サイトを構築して検索エンジンを作ろうという話になると、600万から1000万単位で費用がいる、さらにタグを付けて文字列を作るとか制約が多かった。予算を申請して、通らずぐずぐずしているうちに、グーグルで探してみたらいいのでは、という声があがり、探していたファイルが簡単に見つかると、もうだれも検索エンジンの話をしなくなった。
日記は1997年から書いていたが、ブログにして知合いが飛躍的に増えた気がする。ここでは隠し事や嘘を書くのが大変だから、みんなまともなことを書いている。そういう知合いしかいないので、うまくいえないが、名刺交換のとき、ああコメントをいつも書いてくださる方、トラックバックしていただいた方、などと会話が始まる。これは2005年以前には決してなかったことである。
これから何がうまれるのか、どう変わっていくのか、縁あってこの仕事をしているので、あとの10年を見届けたい気がする。わたしも若い世代の人たちとの交流を続け、ときどき的外れなことをいったりして、ネットのこちら側に住む人間として、あちら側との架け橋ができたらと思う。