塩野七生さんの受難
塩野七生さんを初めて知ったのは、資生堂の「花椿」である。1970年に高校生だったわたしは、たまたま手に取った冊子の連載を読んで、なんて知的な人だろうと思った。そのときは、七生さんが男だと思っていたくらい。力強い若さに溢れていた。
その後、彼女は売れっ子になり、つぎつぎと大作を発表して行く。『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』は読んだが、その後は図書館で借りて読むくらいの頼りない読者だった。『男たちへ』のようなエッセイに彼女の才はますます冴えるように思っていた。
そして、月日は流れ、2010年7月のある日、祖師ケ谷大蔵のCD、ビデオショップの店頭で、『イタリア遺聞』の文庫本が100円セールで売られているのを発見。某所で発見した姫君を助けるように買い求めてくる。そして、本日、たまたま同じ店に立ち寄ると、今度は『愛の年代記』文庫版が、同じく100円のコーナーにいた。そこで、それも救出すると、レジの若者がこともなげにいう。本日、中古本は20%セールですから、80円いただきます。
この二冊、どちらも新品同様だった。持ち主はいつか読もうと買っておいて、何かの事情で手放したのか。それにしても、コーヒー一杯以下で、塩野さんの文庫本が手に入る時代なのだ。若者たちが本を読まなくなっただけでなく、中高年もまた、読むことを止めたのだろうか。
瀬戸内寂聴さんと、塩野七生さんの対談もまた、面白い。
