毎年、自分のお誕生日を迎える頃から、師走の慌ただしさに流されるようにして、時間が経っていく。これはこの十年以上、変わらない。昔、広告担当をしていたとき、常に三ヶ月先の広告を作っていたから、それに合わせて休暇やイベントの計画も立てていた。世の中と三ヶ月違いの時差の中に生きていた。
そして、インターネットマーケティングになると、明日の話を今日作るのが、当たり前のようになり、期日も一週間くらいで仕上げることになる。この辺りから速さに流されるようになったのではないか。
ときどき、いまやっていることは、昔もやっていたという気分になる。答えがわかった試験の解答用紙を書き込んでいるみたいもの。そして、なぜか、同じところで同じ間違えをする。
昨日、いつも習っている古文書の出典元のお宅をお邪魔した。500年近く、かの地で名主を継いだ一族の女主人がお話をしてくれた。初めて出向いたわれわれのために、お汁粉を作り、そこで採れたサツマイモの天ぷら、白菜の漬け物、長野と岩手のリンゴ、などを用意して待っていてくださった。
江戸の文書に出てくる名主さんそのものの、豊かさ、温かさを感じて戻ってくる。こういうことがあるから、古文書整理も楽しいのだ。また、年が明けたら、今度はお昼を持ち寄り、遊びに行こうということになった。
戻らない過去を羨んだり、当てにならない未来を頼みにしたりせず、今あることを十分に幸せだと感謝すれば、ずっと幸せが続く。それが分からないひとが多すぎるのだ。あったこともない、ネットの友だちに親切を受け、そして交流が始まる。これも幸せのひとつだ。
自分の気持ちにぴったりとした人と出会い、そして、尊敬できる友だちを作り、楽しいことを考えながら暮らしていきたい。今がいちばん、幸せなとき、それが続くのだ。